それまで存在しなかったサウンドと歌詞
聴いたことのないサウンドだった。
生身の音を残しつつも鋭く尖ったギター。
常にフィルを叩いているような手数の多いドラムス。
中域が強調され、芯を感じる直線的なベース。
強い風に溶け込んで吹き付けるようなボーカル。
そして、日本においても、海外においても聴いたことのないミックス・マスタリング。
ナンバーガール(NUMBER GIRL)はそれまでのロックにはない斬新なサウンドを作り上げたデビューシングル「透明少女」でメジャーデビューした。
当時隆盛を見せていたHi-STANDARDに代表されるメロコアとも、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのようなガレージロックとも、 ナンバーガールと同じく独自のサウンドを提示していたスーパーカー、くるり、中村一義ら「97年の世代」のいずれとも異なるその音は瞬く間に話題となり、ナンバーガールは恐るべき新人として日本のロックシーンに旋風を巻き起こしたのである。
何と言っても特徴的なのはそのサウンドだった。
J-POP的にクリアで聴きやすいポップなミックスではなく、空間を感じさせつつも尖り、うねり、特に歌詞を聴き取るのにも一苦労するような斬新な響きのボーカル。
そして、その声の主である地味な格好のメガネの男。
飄々としていたかと思えば突然絶叫する得体の知れないその男が現在に至るまで日本のオルタナティブロックシーンにおいて異彩を放ち続け、現在ZAZEN BOYS(ザゼンボーイズ)と再結成を果たしたナンバーガールを率いる向井秀徳その人である。
今回はナンバーガール~ZAZEN BOYSというキャリアの原点とも呼べるこの「透明少女」を歌詞から考察してみたい。
思春期特有の刹那的な描写
赤いキセツ 到来告げて
今・俺の前にある
軋轢は加速して風景
記憶・妄想に変わる
気づいたら俺はなんとなく夏だった
赫い髪の少女は早足の男に手をひかれ
うそっぽく笑った
路上に風が震え
彼女は 「すずしい」 と笑いながら夏だった
透きとおって見えるのだ 狂った街かどきらきら・・・・・
気づいたら俺は夏だった風景
街の中へきえてゆく
はいから狂いの 少女たちは
桃色作戦で きらきら光っている
街かどは今日も アツレキまくっている
とにかく オレは 気づいたら 夏だった!!
透きとおって見えるのだ 狂った街かどきらきら・・・・・
気づいたら俺は夏だった風景
街の中へきえてゆく
「透明少女」の歌詞は以降の向井の作詞にも見られるような抽象的な描写が多くなっている。
例えば季節を「キセツ」と表記するニュアンスや、「加速して風景」「俺はなんとなく夏だった」「はいから狂い」といったその後のナンバーガール・ZAZEN BOYSにも見られる文学的な一節はこのデビュー時に既に完成の域に達している。
疾走感と刹那的な単語が表す情景は「青春」である。
向井秀徳がその影響を公言するアメリカのオルタナティブロックバンド、ピクシーズを思わせる性急なビートは思春期に出会った一人の女の子「透明少女」に対する「どう表現してよいかわからない感情」を感じさせる。
端的に言えば「恋」なのだが、それだけではなくほんの少しの性欲を内包した暴走気味の妄想である。
おそらく、「透明少女」は「赫い髪」を持ったちょっぴり変わった女の子なのかも知れない。
少年の目には「赫い髪の透明少女」の姿がとても特別なものに見える。
半袖のYシャツ、(おそらく97年当時流行していたルーズソックスではなく)紺色のハイソックス、彼女のカバンに括り付けられた名前の知らない(かわいいのかかわいくないのかよくわからないような)キャラクターの小さなぬいぐるみといった何の気のないアイテムが暴走寸前の少年の目にはとても特別なものに映るのである。
特別に映る理由が「恋」と「妄想」である。
「夏」という単語は季節を表すと同時に「恋をしている」という状態も表していると思う。
「恋=夏」という男子特有の短絡的な思考である。
思春期の男子とは単純なものであるが、同時にモラトリアムにおける複雑な思考・自己表現は若々しく純粋なエネルギーに満ち溢れているものである。
人間は恋をすると風景まで違って見えてくるものだが、少年は「透明少女」を見かけた瞬間、それまで鬱陶しく思っていたじりじりと照りつける太陽の下、街角がきらきらと輝き出すのを感じる。
意味もなく走り出したくなった少年は自転車で疾走する。
よく見てみると街には「透明少女たち」がたくさんいた。
そして、その少女たち全員に少年は「アツレキまくって」しまうのである。
そういった「少年時代の初期衝動」は向井秀徳のテーマの一つであるように思う。
2ndアルバムのメインテーマ「少年の初期衝動」
この「透明少女」が収録されたアルバム「SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT」の他の収録曲、例えば「裸足の季節」においては「ニットのセットのそのふくらみが もうそんなキセツ 終わりの季節」とちょっぴり文学的に歌われているが要するに女性の体のラインについての歌である。
「転校生」では「青い日。初めて入る 君の部屋の香りは 花でした」と初めてその女の子の部屋に入る時の非常に「ウブ」な感情が歌われているのである。
他の楽曲を見てみても、ナンバーガールの2ndアルバムには思春期の少年の初期衝動を歌った楽曲が多く収録されている。
アブストラクトな歌詞で聴衆を煙に巻き、孤高の表現を続ける向井秀徳だが、この「思春期の少年」のような純粋なエネルギーはその後のキャリアにおいても時々顔を出す。
向井秀徳の表現活動における一つの軸のようなものであろう。
MCから繰り出される様々な「透明少女」
「透明少女」をライヴで演奏する際、大抵の場合にMCで向井秀徳がある少女について語りだす。
MCは決まって「そんな彼女が透明少女」という感じの一節で締めくくられ、それが合図のように田渕ひさ子はイントロのギターを掻き鳴らす。
その紹介のパターンも幾つか紹介したい。
俺には見える 俺には見えるぞ 俺には見える すべてが透き通って見える たとえばあの子は 俺が思うに たとえばあの子は透明少女
ライヴ・アルバム「シブヤROCKTRANSFORMED状態」収録ライヴより
蝦夷の地に1人佇む江戸から来た女の子がいましたね。あの娘って誰?そう、それが例えば透明少女
ライジングサンロックフェスティバル出演時
嘘っぽく嘘っぽく笑うのが好きな女子はおりますよねぇ おりますさ おいおいこれねぇ・・・嘘っぽく笑ってるつもりが全部見え見えなんやねーこれねーでもそういう女子は嫌いでも好きでもないねぇ そんな彼女が透明少女なわけよ
札幌ペニーレーン24のナンバーガールファイナルライヴにて
この記事を読まれたナンバーガールが未聴という方、色々なライヴ音源を聴いて、色々な「透明少女」を、そして一瞬の閃光のように日本のロックシーンを駆け抜けたナンバーガールというバンドを体験してみてはいかがだろうか。
自信を持っておすすめできるバンドの一つである。