【Queendom/Awich】歌詞の意味を考察、解釈する。

フィメール・ラッパーの系譜に連なる新たな女王

フィメール・ラッパーの元祖は誰になるだろうか。
ラップ自体の成り立ちは1960年~70年頃に自然発生的に誕生したとされているが、「韻を踏む」事自体はそれよりももっと以前より、日本・海外問わず行われていたし、押韻は音楽にとどまらずスピーチや著作などでも使用されてきた技法でもある。

フィメール・ラッパーの元祖となると初めて女性ラッパーでソロ名義でのアルバムをリリースしたMC Lyteか、続くようにデビューしたQueen Latifahあたりが有力ではないだろうか。
MC Lyteのラップは男性顔負けのパワフルなラップで男女の垣根を取り払ったものであるのに対し、Queen Latifahの作品には女性らしい柔らかさが幾分現れていたように思う。

その後はヒップホップに留まらないジャンルで活動し、セールスがプラチナディスクに認定されているMissy ElliottやLil’ Kimの活躍もあり、フィメール・ラッパーあるいは女性によるラップという要素はポップ・ミュージックにおいて一定の位置を獲得した。

日本においてはどうだろう。
思いつく限り「女の子がラップする」というのを初めて体験したのはお茶の間にラップという文化を持ち込んだEAST END×YURIによる「DA.YO.NE」ではないだろうかと推察するが、YURIはラッパーではなく東京パフォーマンスドールというガールズ・グループの1人である。
日本におけるフィメール・ラッパーの元祖というと私はAIを推したい。

R&Bやバラードポップにおいて高い支持を得つつも、時折見せるAIのラップスキルは正しく男顔負けの本物である。
彼女を初めて見たときには「日本にもミッシーがいるんだ」と感じたものだが、日本におけるフィメール・ラッパーの系譜ではAIは知名度・実力ともにトップに君臨するのではないだろうか。

AI以降も多くの日本人フィメール・ラッパーが誕生し、COMA-CHIやRUMIはアンダーグラウンドシーンで高い評価を受け、またあっこゴリラや椿といったフリースタイルの場で男顔負けのバトルを繰り広げるフィメール・ラッパーも増えている。
そしてラップのみならずポップアイコンとして活躍するちゃんみなは「ラッパー」という範疇から大きくはみ出した評価とセールスを記録するなど、日本におけるフィメール・ラッパーの系譜は脈々と受け継がれている。

今回取り上げたいAwich(エイウィッチ)もその系譜に連なる実力派である。
沖縄生まれの彼女は米軍基地という異質な要素をバックボーンに持ち10代の頃からラッパーとして活動、また留学による渡米後の2007年には1stアルバムである「Asian Wish Child」をリリースした。
その後は結婚・出産を経て暫く音楽活動から身を引くものの、留学を終え日本に帰国した後より音楽活動を再開し、2014年の配信シングル「TWO」リリースを皮切りに2018年には2ndアルバム「8」を、そして2020年には3rdアルバム「孔雀」をリリースする。

BAD HOP等新世代ラッパーとの共演を経てヒップホップシーンでの評価を上げた彼女が2022年3月にリリースしたのが4thアルバム「Queendom(クイーンダム)」である。

これまでの彼女の音楽活動、ひいては人生に至るまでの集大成とも呼べるこのアルバム、殊に表題曲である「Queendom」は彼女の数奇な人生を赤裸々に曝け出したリリックに満たされたパーソナルな作品となっている。

今回はこの「Queendom」のリリックを考察してみたい。

沖縄、アメリカ、そして悲劇

前述した通りAwichは沖縄出身である。
太平洋戦争において本土防衛拠点となった沖縄には54万人の米軍が上陸作戦を遂行し、終戦後の1952年から沖縄はアメリカの領土となった。
アメリカによる統治は1972年に返還されるまで続き、そして未だ尚沖縄県内には米軍基地が数多く存在する、日本においても特殊な土地である。

Awichはそんな沖縄で生まれた。
アメリカを身近に感じ、小学生の頃より基地内で英会話を習っていた彼女の思いが最初のコーラスに込められている。

安売りした my body and soul

鼻で笑われてた「bitch you a Hoe」

死ぬほど憧れたフェンスの向こう

大嫌いだった Okinawa is my home

飛び交うヘリコプター

ここから飛び立ちたかった

重くしがらむこの島のカルマ

潜り抜けて開く次のchapter

小さな頃に2Pacでヒップホップを知り、憧れた彼女は基地やアメリカ文化に入り浸るようになる。
蔑まれても憧れたアメリカ。
いつしか生まれ育った沖縄への思いはねじ曲がったものへと変わる。
美しい海、空、それを汚す米軍という、沖縄が背負わされた敗戦という事実。

そして彼女は日本を離れ、遠くアメリカ・アトランタへ留学する。

アトランタで出会った一人の男。
Awichは彼と愛し合うようになる。
決して素行がいいとは言えない彼は刑務所を出たり入ったり。
それでもAwichは彼を愛し、やがてひとつの命をその身に宿すことになる。
この「Queendom」のMVにも登場し、まだ10代前半ながら「Yomi Jah」の名前で音楽活動を始めている愛娘・トヨミを出産したのは2008年。
故郷を離れた彼女が手に入れた幸せは次のヴァースで歌われている。

真面目少女が恋したBad Boy

使い方を教えられたtoys

クローゼットに12ゲージShotgun

私のためなら he will clap anyone

刑務所を出たり入ったり

それでも愛しあった二人

アクリル越しに合わせる手

受話器を大きなお腹に当て

聞かせる声 From Daddy

待ち侘びた出所、結晶、生まれるbaby

Birthdays 祝った3人のMemories

この幸せが続きますように

しかし、程なくして事件は起こった。

水曜、ゲートウェイコート

4000ブロックの、集合住宅

何者かが男性を銃殺

警察は周辺を封鎖

容疑者は逃走中、I’m confused.

It’s not you. and That’s not true.

約束したじゃん

死ぬほど愛してるなら生きてよ嘘つき

愛する人を失い、傷ついた彼女に残されたもう一つの愛

幼い娘を連れ、彼女はかつて捨てた故郷へと戻る。
そして、「あの頃」よりも強くなったAwichはかつて愛する彼が言っていた言葉を思い出し、音楽活動を再開する。
その決意が現れているリリックが最後のヴァースで綴られる。
まるで彼女自身に言い聞かせるように、その言葉は成長した彼女を象徴する強さに満ちている。

最後の顔焼きつく脳裏

Daddyはいるでしょ?いつものように

親子で思い出を語る

強くならなきゃfor the both of us

いつも真っ直ぐな目で言われたんだ

I love Awich 俺が1番のファンだ

その頃の私はまだ無名

諦めてたステージに立つ夢

忘れかけていたビジョン

マイナスから数えるミリオン

読み返す幼いリリックを

そのまま引き出しにしまうの?

人生は引き返せない二度と

チャンスは自分で掴むもの

もう一度書き直すシナリオ

ゴールに向かい進む Let me go

子供はまだ幼い。
母1人子1人で生きていくために、彼女は強くならなければいけなかった。

そして、そのためにかつて見ていた夢―ラッパーとして、ミュージシャンとして、引き出しにしまっていたリリックと夢を引っ張り出した彼女は前に進むことを決意する。
そして、同時に留学で身につけた経営学を活かし、マーケティング会社「CIPHER CITYH(サイファー シティ)」を立ち上げる。
ファッションブランド「YOKANG(ヨーカン)」やアーティスト、大城英天さんらの海外プロモート、アーティストの活動をつなぐイベントの企画等を中心に、沖縄の人、アートなど地域資源の価値を高め、世界に広げる活動を展開するなど、母となった彼女は悲しみを吹っ切り、走り出す。

かつて抱いていた沖縄に対する想いの変化

沖縄の地に戻った彼女の心境の変化はそのままリリックにも表れている。

憎むのではなく、受け入れる事で憎しみの連鎖を断ち切ろうとする彼女。

それはきっと、母となった彼女が手に入れた強さの証なのではないだろうか。

安売りした my body and soul

鼻で笑われてた「bitch you a Hoe」

死ぬほど憧れたフェンスの向こう

大嫌いだった Okinawa is my home

飛び交うヘリコプター

の如くDaddyも羽ばたいた

次世代に残さないカルマ

今開く栄光のchapter

花開いた彼女の大きなステップとは

ONE, 知性で稼いでくMoney

TWO, 美声に宿らせるPower

THREE, 身体に絡みつくRespect

FOR the Freedom This is my Queendom

極東の女王 イタミはNo more

支配するこの理想郷

It’s the Queendom

It’s the Queendom

It’s the Queendom

This is my Queendom

ONE, 知性で稼いでくMoney

TWO, 美声に宿らせるPower

THREE, 身体に絡みつくRespect

FOR the Freedom This is my Queendom

極東の女王 イタミはNo more

支配するこの理想郷

止められない、Touched by No one

荊棘を抜け、立つ武道館

ラッパーとして活動していく中で評価とスキルを上げ、BAD HOPやJP THE WAVY、¥ellow BucksやANARCHY、そして同郷沖縄出身のOZworldやCHICO CARLITO、唾奇といった実力派ラッパーとの共演を経て彼女がたどり着いた一つのターニングポイントが「日本武道館」である。

このアルバム「Queendom」のリリースが3月4日、そして初の武道館ワンマンライヴが3月14日である。
最後のリリックは武道館に向けた想いが込められており、ライヴの一曲目にはこの「Queendom」が放たれた。

武道館公演、そしてこの「Queendom」はこれから更に大きく羽ばたいていくであろうAwichの大きなステップとなるべき楽曲である。
そして、彼女は既に「フィメール・ラッパー」という系譜に大きく輝く名を連ねたアーティストであり、彼女という存在を知るためにこの「Queendom」は決して避けて通れない彼女の履歴書である。