アルバム「Definitely Maybe」の一曲目で「俺はロックンロールスターだ」と高らかに宣言し、鮮烈なデビューを果たしたオアシス。
それからわずか一年余りで発売されたセカンドアルバム「(What’s the Story) Morning Glory?」(モーニンググローリー)は全世界で2500万枚を売り上げ、バンド史上最高セールスを記録する大ヒットとなった。
歪んだギターサウンドとリアムのまとわりつくようなボーカル、ノエルが生み出した心地よい押韻と至極のフレーズ。
本作は、あらゆる意味においてオアシスらしさに満ちた傑作と言える。
今回はそんなオアシスの名盤「(What’s the Story) Morning Glory?」について見ていきたいと思う。
上手な模倣は最も完全な独創である
「(What’s the Story) Morning Glory?」はオアシスの真骨頂と言える作品であると同時に、実は多くのほかのアーティストへのオマージュや、時にはより直接的な引用が散りばめられたアルバムであることは意外に知られていないかもしれない。
なかでも、その影響が最も見られるのはやはりビートルズだろう。
オアシスが彼らから多大な影響を受けていることについては、もはや議論の余地はない。
音楽的な影響については本人たちも認めており、本作でも至るところでメロディーや歌詞にそれが見て取れる。
広く知られている例として、以下のようなものがある。
曲だけでなく、ジャケット写真の構図もビートルズの「Abbey Road」のオマージュだと言われている。
ビートルズ以外の影響も多く見られる。
一曲目の「Hello」は歌詞とメロディーともに、ゲイリー・グリッターの「Hello, Hello I’m Back Again」から引用されている。
9曲目の「Cast No Shadow」は「Bitter Sweet Symphony」で有名なザ・ヴァーヴのリチャード・アシュクロフトに捧げられた曲であり、前述の「She’s Electric」のメロディーの一部はビートルズと同時期に活躍し、ブリティッシュ・インベージョンの一翼を担ったキンクスの「Wonderboy」から借用されている。
こうして並べてみると、たった一枚のアルバムの中に他のアーティスト作品からの明確な引用がかなり多くあることがわかる。
それでいて、一曲一曲は実にオアシスらしいサウンドに仕上がっているのである。
「上手な模倣は最も完全な独創である」というのはフランスの哲学者ヴォルテールの言葉だが、単なる物まねで終わらず、それを自分たちのオリジナリティーとして昇華させているところに本作の「凄み」があると言えるだろう。
タイトルは何を意味しているのか
それぞれの楽曲に対する考察はすでに多くされてきているので、ここでは少し違った視点でこのアルバムについて考えてみたい。
それは、アルバムタイトルの「(What’s the Story) Morning Glory?」とは、何を意味しているのかということである。
「Morning glory(モーニンググローリー)」は直訳すると「朝の栄光」という意味であり、またアサガオの英語名でもある。
そしてもう一つ、「巨大回転雲」と呼ばれる気象現象を指す言葉でもある。
巨大回転雲とは、その名のとおり巨大なロール状の雲の帯であり、朝方を中心に現れる非常に珍しい気象現象のことを言う。
大きなものだと、その長さは1000kmを超え、時速60kmという自動車並みの速度で進む。
まるで巨大な白い大蛇のような雲が、朝日を受けながら空を横断していく様子は圧巻である。
ノエルが何を念頭に「Morning Glory」という名前をアルバムに付けたかは定かではないが、「朝の栄光」にしても、「アサガオ」にしても、「巨大回転雲」にしても、共通して想起させるイメージがあるように感じる。
それは、「夜明け」と「光」である。
本作には同名の楽曲「Morning Glory」が収められているが、この曲は以下のような歌詞で始まる。
All your dreams are made
When you’re chained to the mirror and the razor blade
Today’s the day that all the world will see
~日本語訳~
夢っていうのはすべて
鏡とカミソリの刃に鎖でつながれている時に生まれる
今日という日は、世界中が知る日になるだろう
この楽曲はノエルが泥酔している時に作ったものであり、ドラッグについて歌っていると言われている。
おそらく、それは間違いではないだろう。
しかし、ここではあえて別の解釈をしてみたい。
つまり、前述した「夜明けに差し込む光」のイメージに基づいた解釈である。
まず、「夢」というのは眠っている時に見るものであり、夜を連想させる。
次に続く「鏡とカミソリの刃に鎖でつながれている」の部分は隠喩的で意味を取りにくいが、自分を映し出す鏡、そして触れれば己を傷つける可能性のあるカミソリの刃に、切れることのない鎖でつながれている状況というのは、苦悩や葛藤を指すのではないだろうか。
何かに縛られ自由が利かない状況、葛藤や苦悩の時期というのは、やはり光の見えない夜のイメージにつながる。
そして、その夜が明けて光が差し込み、今日という日を迎えると「世界中が知ることになる」と歌っているのである。
サビの前の「Need a little time to wake up」の部分は、ドラッグ・ソングであるという前提の解釈ではしばしば「起きるのにもう少し時間が必要だ」と訳され、「ドラッグのせいで朝は起きられない」というニュアンスで語られる。
しかし、ここで述べている「夜明けと光」のイメージに基づき、前段の「今日という日は、世界中が知る日になるだろう」の部分を踏まえて解釈すると、まったく反対の意味に取ることができる。
すなわち、「起きるまでにはほんの少しの時間しか要らない」、「まもなく夜が開け、光が差し込む朝が来る」と解釈することはできないだろうか。
ブリットポップ・ムーブメントとロックの復活
70年代の終わり、ジョン・レノンやセックス・ピストルズのジョニー・ロットンといった著名なミュージシャンが揃って口にした言葉がある。
それは、「ロックは死んだ」という言葉だ。
ジョンはこうも付け加えた。
「ロックは商業的になりすぎた」と。
60年代に世界中を席巻したブリティッシュ・インベージョンが終わりを告げ、70~80年代になるとロックは徐々に変化していった。
ロックスターたちはきらびやかな衣装を身にまとい、より大衆受けするエンターテイメント性の高い音楽を志向するようになる。
「産業ロック」や「商業ロック」と呼ばれるようになり、何かを表現するための手段だったロックが、売れることを目的に作られる音楽になっていった。
そんなロックの「暗い夜の時代」を経て、90年代に起こったのが「ブリットポップ・ムーブメント」であり、その中心にいたのがオアシスだった。
1995年、「(What’s the Story) Morning Glory?」の成功で、デビューからわずか2年足らずで一気にスターダムにのし上がったオアシス。
それはまだバンドにとって活動初期の「夜明け」の時期であると同時に、ブリットポップ・ムーブメントにより訪れたロックの暗黒時代の「夜明け」の瞬間でもあった。
「Morning Glory」というタイトルは、「これから俺たちがロックに新しい光をもたらしてやる」という、オアシスお得意のビッグ・マウスだったのではないだろうか。
そう考えると、「What’s the Story」の部分にも「これからどんな物語を紡いでいくのか」という自分たちに対する期待の表れが見て取れる。
いかがだっただろうか。
ここまで「(What’s the Story) Morning Glory?」というタイトルに関して長々と講釈を述べてきたが、真偽のほどはノエルにしかわからない。
酔いに任せた単なる殴り書きなのか。
自分たちがこれから手に入れる成功と栄光を讃えた賛歌なのか。
あるいは、かねてから「自分が作る歌詞に意味などない」とノエル自身が言っているように、タイトルにも大した意味などないのかもしれない。
ただ、一つだけ確実に言えることがある。
それは、「(What’s the Story) Morning Glory?」は夜明けに差し込む朝日のように、今もなおロック史に燦然と輝き続ける名盤であるということだ。