ドラマ「逃げ恥」の主題歌として知られる星野源の「恋」。
この曲の歌詞には、「一人を超えてゆけ」というフレーズがあります。
一人を超えるとは、具体的に何を指しているのでしょうか。
今回は、「恋」の歌詞に焦点を当てて解説します。
一人を超えてゆけ
星野源は、ミュージシャンや俳優、文筆家として幅広く活躍する才能豊かなアーティストです。
彼は人気ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」において、津崎平匡という主要キャラクターを演じています。
また、星野源は同ドラマの主題歌を担当しており、「恋」という曲はそのストレートなタイトルと共に、印象的なダンスを特徴としています。
この曲の振付は、Perfumeの振付やリオ五輪閉会式での演出でも知られるMIKIKOが手がけています。
営みの
街が暮れたら色めき
風たちは運ぶわ
カラスと人々の群れ意味なんか
ないさ暮らしがあるだけ
ただ腹を空かせて
君の元へ帰るんだ
この曲の冒頭のフレーズ。
「カラスと人々の群れ」という言葉。
夕方、家に帰るときに「カラスが鳴くから帰ろう」という言葉もありますが、ここでの「カラス」は帰り道の象徴と捉えられます。
そして、「風たちは運ぶわ」という表現で、人々が家に帰る様子が描かれています。
「いとなみの」「いみなんか」のような音のリズムや、「暮れたら」「暮らしが」の言葉の絶妙な調和が印象的です。
元々「暮らし」は、日が暮れるまでの時間を指す言葉ですが、ここでは音と意味が調和して、軽快で気持ちの良いリズムが生まれています。
このような些細なところにも、『恋』の魅力が凝縮されているのです。
みにくいと
秘めた想いは色づき
白鳥は運ぶわ
当たり前を変えながら
2番に入ると、歌詞が徐々に変化していくことに注目されます。
“みにくい”と”白鳥”という言葉は、童話『みにくいあひるの子』にかけていることがわかります。
『みにくいあひるの子』は、醜いと思われていたあひるの子が、実は美しい白鳥であったという物語です。
この童話のように、自分自身を醜いと感じている人も、実際には美しい白鳥のような魅力を秘めているという歌詞が描かれています。
ここで、1番で登場した”カラス”も”みにくいあひるの子”と同様に、社会的に受け入れられない存在の象徴として機能していたことがわかります。
この曲『恋』は、明るさとともに、暗闇の中で生きる人々にも向けられていることが示唆されています。
恋せずにいられないな
似た顔も虚構にも
愛が生まれるのは
一人から
ここで、”虚構”という言葉が使われます。
歌詞では、恋をする相手が似たような顔であっても、あるいは虚構であっても構わないと歌われています。
さらに、直後に”愛”という言葉が登場します。
この曲『恋』では、何度も”恋”というフレーズが繰り返されますが、”愛”が言及されるのはこの部分だけです。
これは、”愛”という概念が個々の人間に固有のものであることを示唆しています。
また、”二人から”という表現をわざわざ”一人から”と言い換えている構成も特徴的です。
夫婦を超えてゆけ
二人を超えてゆけ
一人を超えてゆけ
この曲の象徴的なフレーズである「夫婦を超えてゆけ」は、サビのラストで登場します。
このフレーズは、夫婦という枠組みを超えて進んでいくこと、それが『恋』であるという意味を含んでいます。
ドラマ「逃げ恥」では、「契約結婚」という形が描かれます。
恋愛結婚やお見合い結婚とは異なり、結婚を仕事として取り扱う様子が描かれています。
一般的な夫婦関係とは異なる関係が描かれています。
こうした背景を考えると、「夫婦を超えてゆけ」という歌詞は、ドラマの内容にぴったりと沿っていますね。
そして、この曲は終盤で「二人を超えてゆけ」というフレーズが登場し、最終的に「一人を超えてゆけ」として締めくくられます。
恋の本質が「一人を超える力」にある
「恋」の本質は、1人を超えることにあります。
つまり、この曲は実は「一人」という概念を重要視していると言えます。
恋する対象は何であっても構わず、夫婦である必要も男女である必要もなく、虚構であっても構いません。
この歌は、恋の本質が「一人を超える力」にあることを歌っています。
この曲が多くの人に愛されている理由は、可愛らしいダンスや明るいアレンジだけではなく、孤独な「一人」という感情や「みにくい」という劣等感を持ちながらも、それを超える力を持つ一人の人間を歌っているからです。
星野源が不登校を経験した青春時代に、音楽に『恋』したことが、この曲が生まれた背景にあるのです。