「瞳を閉じて」ユーミンが紡いだ故郷への想いと歌詞の意味を考察

「瞳を閉じて」ユーミンが生んだ名曲の背景

「瞳を閉じて」は、1974年に荒井由実(現在の松任谷由実)が発表した楽曲であり、アルバム『MISSLIM』に収録されている。
この曲が誕生したきっかけは、五島列島・奈留島(長崎県)の高校生からユーミン宛てに届いた一通の手紙だった。

当時、奈留島にあった県立五島高校奈留分校の藤原あつみさん(後の侭田あつみさん)が、ラジオ番組『オールナイトニッポン』の企画「あなただけのイメージソングを作ります」に応募したことが始まりだった。

彼女は「校歌には本校(五島高校)のことしか書かれておらず、奈留島の高校らしい校歌がほしい」と考え、ユーミンに楽曲制作を依頼したのである。

その願いに応える形で作られたのが「瞳を閉じて」だった。
この曲は正式な校歌にはならなかったものの、生徒たちの間で愛され続け、卒業式や節目の式典で歌われるようになった。
さらには、1988年には奈留高校の敷地に「瞳を閉じて」の歌碑が建立され、今も島の人々に愛唱されている。


歌詞の世界観を紐解く ー 「瞳を閉じて」に込められたメッセージ

「瞳を閉じて」の歌詞には、島を離れる人々と、島に残る人々の心情が繊細に描かれている。
この曲の特徴は、単に「故郷を懐かしむ歌」ではなく、未来に向けた前向きなメッセージが込められている点にある。

例えば、歌詞の中に登場する 「手紙を入れたガラス瓶を持って」 というフレーズは、遠く離れた人へ想いを伝えたいという切ない願いを表している。
これは、離れ離れになっても心はつながっていることを示唆しているように感じられる。

また、「霧が晴れたら 小高い丘に立とう」 というフレーズは、単なる郷愁ではなく、未来への希望を暗示している。
この部分はメロディが四分打ちに変わり、視界が開けるような感覚を生み出している。
まるで、霧の向こうに待っている新しい世界へ進む決意を後押しするような表現だ。

ユーミンは、この曲を依頼された際に実際に奈留島を訪れたわけではなく、藤原さんの手紙と彼女が同封した写真だけを頼りにイメージを膨らませたという。
そのため、この曲は「行ったことのない場所の情景を描く」想像力の結晶とも言える。


なぜ人の心を打つのか? ー「瞳を閉じて」が多くの人に愛される理由

「瞳を閉じて」がこれほどまでに多くの人の心を打つのは、いくつかの理由がある。

  1. 普遍的なテーマ
    • 故郷を離れること、誰かを見送ることは、多くの人が経験する普遍的な出来事である。
      この曲は、特定の時代や地域に縛られず、誰もが共感できるテーマを持っている。
  2. シンプルながらも美しいメロディ
    • 「瞳を閉じて」のメロディは、決して派手ではない。
      しかし、淡々とした中に郷愁や温かみを感じさせるアレンジが施されている。
      特に、イントロの鳥のさえずりを思わせるフレーズや、フェリーの汽笛を連想させる音作りが印象的だ。
  3. 聴く人によって異なる解釈ができる
    • 歌詞の中には具体的な地名が登場しないため、それぞれの聴き手が自身の「故郷」や「大切な場所」を思い浮かべながら聴くことができる。
      この普遍性が、多くの人々の心に残る理由の一つだ。
  4. ユーミンの想像力と共感力
    • 実際に訪れたことのない島の風景や、島を出ていく人々の心情を、手紙と写真だけで描ききったユーミンの想像力は驚異的である。
      そして、そのイマジネーションには「人々の気持ちに寄り添おうとする共感力」が宿っている。

奈留島と「瞳を閉じて」 ー 曲が生んだ島との深いつながり

「瞳を閉じて」は、奈留島の人々にとって特別な存在であり続けている。

  • 高校の愛唱歌として親しまれる
    • 校歌にはならなかったものの、生徒たちの間で歌い継がれ、卒業式などで歌われるようになった。
    • 島を離れた卒業生が、帰郷するたびにこの曲を思い出すというエピソードもある。
  • 島の象徴としての歌碑
    • 1988年に奈留高校の敷地に「瞳を閉じて」の歌碑が建立された。
    • 島を出るフェリーの出航時にはこの曲が流れるようになり、島の人々にとって欠かせない楽曲となっている。
  • ユーミンの訪問
    • 1988年、歌碑の除幕式の際にユーミン自身が初めて奈留島を訪問。
      その際に「この曲を書いた当時の気持ちを忘れたくない」と語った。
    • 2015年には再び奈留島を訪れ、「まだ見ぬこの島の風とか波の抑揚を一生懸命込めた」とコメントしている。

ユーミンが描く「離郷」のテーマ ー 他の楽曲との共通点

「瞳を閉じて」だけでなく、ユーミンは「故郷を離れること」や「過去を振り返ること」をテーマにした楽曲を多く生み出している。

  • 「卒業写真」
    • 学生時代の思い出を振り返りつつ、今の自分を見つめ直す曲。
    • 「瞳を閉じて」と同様に、時間と距離を超えた感情のつながりを描いている。
  • 「翳りゆく部屋」
    • 過去の幸福な日々と現在の変化を対比させた楽曲で、郷愁と哀愁が強く滲み出ている。
  • 「海を見ていた午後」
    • 遠くにある景色を眺めながら、大切な人や場所を思い出す心情が描かれている。

これらの楽曲と比較すると、「瞳を閉じて」は「離れていてもつながっている」という前向きなメッセージが際立っている。
ユーミンの歌詞の奥深さを改めて実感する楽曲の一つと言えるだろう。