「くるり」クラシック期の金字塔となった曲
1996年に結成されたバンド、「くるり」は他のどのバンドよりも幅広い要素を取り入れてきた。
根幹にはロック、フォーク、カントリーといったギターミュージックがあるが、活動時期によってはエレクトロ・打ち込みに大幅に振れたり、生々しいバンドサウンドに回帰したかと思えばヒップホップに接近したり、兎に角雑食なイメージがある。
雑食ではありつつも、メインソングライターの岸田繁(Vo,Gt)と結成以来のオリジナルメンバー・佐藤征史(B)を中心に作り上げる楽曲はどれも「くるり」らしさを失わず、根本にあるエモーショナルな歌心と独特の空気感で日本を代表するロックバンドとして息の長い活動を続けている。
そんな「くるり」がクラシック音楽に接近したのが2007年リリースの7thアルバム「ワルツを踊れ Tanz Walzer」である。
前作の6thアルバム「NIKKI」では柔らかい空気感を纏ったシンプルなギターロックが中心だったが、クラシックの聖地・ウィーンを中心にレコーディングされた今作品は全編を通してオーケストラが導入されており、アレンジもクラシックさながらの緻密な仕上がりで、作品ごとに様々な要素を取り入れる「くるり」のアルバムの中でも一際異彩を放つアルバムだ。
クラシックは全てのポップミュージックの源流で、直接的に取り入れたバンドはクイーンを始め、ヘヴィメタルとも親和性が高いが「ワルツを踊れ Tanz Walzer」はそのどれとも違う。
どちらかというと豪華なオーケストレーションと言うよりはヨーロッパの土着的な童話や寓話をイメージしたより大衆的なクラシック、という印象が強い。
アルバムの中で、発表以来高い評価を受け続けてきたのが収録曲「ブレーメン」である。
さながらブルーグラスのようにオーケストラが美しい旋律を奏で、童話のような優しくも悲しく美しい詞が楽曲を彩る。
圧巻は一分間にも及ぶアウトロで、エレキギター、エレキベース、ドラムズといった従来のロック楽器とオーケストラが見事に調和している。
今回は「ブレーメン」の世界を歌詞から紐解いてみよう。
物語調になっているので、一節一節を切り取るのではなく、歌詞全編を通して見て全体的な考察としてみた。
少年=あなたにとっての特別な音楽
ブレーメン 前の方を見よ
落雷の後に人の群れ
ブレーメン 壊れた小屋の中
少年は息を引き取った
クローゼットは丸焦げで
少年の遺したものはみな
要らぬ要らぬと捨てられて
鳴り止んだ昔のオルゴール
楽隊のメロディー 照らす街の灯
夕暮れの影をかき消して
渡り鳥 少年の故郷目指して飛んでゆけ
ブレーメン 外は青い空
落雷の跡にばらが咲き
散り散りになった人は皆
ぜんまいを巻いて歌い出す
そのメロディーは街の灯りを
大粒の雨に変えてゆく
少年の故郷の歌 ブレーメン君が遺した歌
物語は悲劇から始まる。
落雷によって命を落とした少年、その遺品も丸焦げになり捨てられ、オルゴールはぜんまいを巻く人を失い、音を止めてしまった。
楽隊は暗い影を残した街に美しいメロディーを鳴り響かせる。
すると空は晴れ、落雷の跡には美しいばらが咲く。
人々は音楽を思い出し、遺されたオルゴールのぜんまいを巻き、歌い出す。
「青い空」や「ばら」という単語を意図的に使用したのか偶然かは不明だが(「青い空」と「ばらの花」は両曲ともくるりの楽曲名)、全体を通して写実的ではなく、童話的である。
同じく童話的手法で歌詞を構成するアーティストにBUMP OF CHICKENの藤原基央がいるが、藤原基央は登場人物(猫だったり、ライオンだったりするが)を擬人化し、感情や言葉を与え、一つの物語に仕上げている。
「ブレーメン」の少年は何かのメタファーではあるが、感情や言葉を持たない。
そこにどういった物語を作るかは、聞き手のあなた次第になる。
勿論、難しい事を考えず、ただこの楽曲が持つ美しいメロディーと岸田繁の優しい歌声、圧巻のアレンジに耳を傾けるのも良いだろう。
一つの解釈として捉えるならば、少年あるいはオルゴールは時代あるいはその人にとっての音楽を表している、とも言えるのかもしれない。
ジャンルは時代によって盛衰があり、また個人的な思い出の曲もいつしかその存在は薄れてゆく。
あるいは「過去の楽曲」という意味で「青い空」や「ばら」といった単語を使用したのかもしれない。
ただ、傷ついた時、ひどく落ち込んだ時に思い出の曲がふと耳をよぎる。
その曲は初めて聞いたときと変わらずにあなたを癒やし、奮い立たせてくれる。
時には大粒の涙とともに、あなたに一歩前へと進む力を与えてくれるだろう。
2011年の東日本大震災の時にテレビCMで流れた「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」が人々に力を与えたように、普遍的な歌、あるいはあなたにとっての特別な歌というのは何年経っても人々の、あなたの力となってそばに寄り添ってくれるものなのだから。