1996年9月にコンテストへ出演するためにバンドを結成した「くるり」。
20年以上、常に新しい試みの作品を発表し続けているロックバンドである。
インディーズシーンが盛り上がっていた1997年にミニアルバムを発売。
1998年「東京」でメジャーデビューを果たした。
高校の同級生だったボーカル&ギターの岸田繁とベースの佐藤征史は結成当時からのオリジナルメンバーである。
ソングライターの岸田は小さい頃から、様々な国やジャンルの音楽が家で流れていた。
その影響もあり、「くるり」の音楽はアルバムごとに表情を変えるのが特徴である。
旅を続けるロックバンドを掲げる彼らは、旅の記憶を音楽として届けてくれているのだ。
「くるり」が音楽の旅に出て、3枚目のアルバムである『TEAM ROCK』。
今回は『TEAM ROCK』に収録されている「ばらの花」の歌詞に込められた想いを探ってみたい。
「ばらの花」の歌詞は実体験?
「ばらの花」の歌詞には、キーワードとなる印象的な言葉がある。
それは”ジンジャーエール“だ。
雨降りの朝で今日も会えないや
何となく
でも少しほっとして
飲み干したジンジャーエール
気が抜けて
岸田はこの歌詞について
「この日は雨が降っていて人に会うのが面倒だった。
その時に喉が渇いて買ったのがジンジャーエール」
と語っている。
つまり、この冒頭の部分は岸田が体験したことから生まれた歌詞なのである。
雨が降って憂鬱だったから、炭酸の気泡と生姜の辛さで気を晴らしたかった。
飲んでみると想像とは違って美味しくなかったジンジャーエール。
しかしこの気持ちを岸田はまっすぐ受け止める。
安心な僕らは旅に出ようぜ
思い切り泣いたり笑ったりしようぜ
岸田は、この部分について、不安を味わい尽くさないと、安心にはつながらないと語る。
自分が不安に思っていることを認識しなければ、解消することは出来ない。
安心するためには「予測」が必要なのである。
何か問題が起きた時に備えて、対処方法をイメージしておくことが大事なのだ。
安心を得た自分本来の感情にスポットライトを当てたいと岸田は思っていたのだろう。
不安を味わい尽くしたデビューと東京の生活
デビュー曲の「東京」は、岸田のやりたい音楽とはかけ離れていたという。
だが周囲のスタッフは全く逆の反応をみせた。「東京」は大絶賛されたのである。
岸田は東京の人や大人って俺らの音楽を聞いていないと悪く捉えたりもした。
デビュー当時、バイトをしなくて済むくらいの感覚でいたが、活動拠点を京都から東京へ移すと、環境の変化も彼を不安にさせた。
音楽でお金を稼ぐことと、自分のやりたい音楽を追求することは違う。
周囲のスタッフが自分たちのやりたい音楽に向き合っていたら、売れることはなかっただろうと岸田はインタビューで答えている。
愛のばら掲げて
遠回りしてまた転んで
デビュー当時の不安をここの部分は表している。
愛のばらは、夢や希望を持って突き進む自分。
しかし人と関わって音楽を作ることで、自分の掲げた夢や希望とかけ離れていく感覚を表しているだろう。
「ばらの花」は自分自身の心の葛藤を歌っている
岸田は、人間が普通に生きていて感じる感情のすべてを主役にしたいとインタビューで語っている。
ずっとポジティブな感情だけにスポットライトがあたるのではなく、ネガティブな感情が主役になる日があってもいいのである。
相づち打つよ君の弱さを探す為に
(中略)
僕らお互い弱虫すぎて
踏み込めないまま朝を迎える
歌詞に登場する「僕」そして「君」は、自分の中にいる対立した感情と捉える。
君=ポジティブ、僕=ネガティブと設定して読み解くと、ポジティブなふりをしている「君」に対して、「僕」は肯定の頷きをし続ける。
沸き上がる感情を否定せずに「僕」が認めることで、「君」本来の感情を引き出そうとしているのだ。
しかしその感情を認めることは、「君」も「僕」も簡単には出来ないのである。
暗がりを走る 君を見てるから
でもいない君も僕も
最終バス乗り過ごして
もう君に会えない
あんなに近づいたのに
遠くなってゆく
この部分は、岸田の掲げた「すべての感情を主役にしたい」という理想を簡単には実行できることではないことを歌っている。
「不安」の核心に近づいたのに、そこへ踏み入れる勇気が出なかったという葛藤を描いているのではないだろうか。
なぜならネガティブな感情や不安を隠し続ける方が、認めることよりも簡単だからだ。
だけどこんなに胸が痛むのは
何の花に例えられましょう
ネガティブな感情を認めずにいると、自分自身を苦しめることになる。
つまり「ばらの花」は人間そのもの。
バラは美しい花で魅了するが、触ろうとすればトゲがある。
人間は自分も他人も喜ばせることができる。しかし素直に認められない感情のトゲで他人も自分も傷つけてしまうのだ。
ジャンジャーエール買って飲んだ
こんな味だったけな
2回リフレインされるラスト部分。
憂鬱な雨降りの日にジンジャーエールを飲んだありのままの感想を自分自身で認識しようとしている。
「くるり」というバンドが多くの人々に注目されはじめた頃、『TEAM ROCK』はテクノ・ロックなど新しい試みを取り入れた初めてのセルフプロデュース作品としてリリースされた。
その中でも「ばらの花」は「くるり」を代表する一曲となった。
それは日本人が聴き馴染みやすいフォークロックに乗せて、人間が持つ喜怒哀楽すべてにスポットライトを当てたいという岸田の願いが聴く人たちに届いたからに違いない。