「ペダル」の背景にあるアルバム『TEENAGER』のコンセプト
「ペダル」は、フジファブリックの3枚目のアルバム『TEENAGER』(2008年リリース)の1曲目として収録されています。
このアルバムは、志村正彦が生み出した青春期の情景や感情を中心に据えたコンセプトアルバムです。
アルバム全体を通して“若さ”や“時間の儚さ”がテーマとなっており、タイトルの『TEENAGER』が示すように、思春期のエネルギーや不安定さを象徴しています。
志村はインタビューで、「ロックをやる限り永遠にロック少年でありたい」と語り、その言葉は『TEENAGER』全体に通底する情熱的なメッセージを反映しています。
「ペダル」という楽曲は、そんな志村のクリエイティブな視点が凝縮された作品であり、アルバムを開く最初の扉としての役割を果たしています。
楽曲の中には、青春の一瞬一瞬が切り取られたような描写と、それが過ぎ去っていくことへの儚い想いが込められています。
志村正彦が込めた“日常”と“サイケデリック”の融合
「ペダル」は、一見すると平穏で牧歌的な日常を描いているように見えますが、その中には志村独特のサイケデリックな感性が光っています。
曲の冒頭は、アコースティックギターのシンプルなスリーフィンガー奏法と柔らかなボーカルで始まり、心地よい日常の延長線上にあるような風景を想起させます。
しかし、その音楽的な構造は徐々に変化し、ギターの民族的な響きやシンセサイザーのサウンドが加わることで、非現実的なサイケデリックな空間が広がります。
志村は、この曲の制作において“普段の日常を取り込みながらも、それをサイケデリックに表現する”ことを目指したと語っています。
この狙いは、現実と非現実が交錯する独特な世界観を作り上げています。
聴き手は、歌詞に描かれる日常的な情景を辿りながら、音楽の展開によって別の次元へと誘われていきます。
このような日常とサイケデリックの融合こそが、フジファブリックの真骨頂とも言える部分でしょう。
歌詞に描かれる風景と“消えないで”の想い
「ペダル」の歌詞は、平凡な日々の中で見過ごされがちな風景を丹念に描写しています。
だいだい色やピンクの花、飛行機雲、何軒か隣の犬といった具体的なモチーフが登場し、それらがどこにでもある風景であるがゆえに、誰もが一度は見たことのあるような親しみを感じさせます。
しかし、その風景がただの描写にとどまらず、繰り返される「消えないでよ」というフレーズによって、失われてしまう儚さや取り戻せないものへの強い想いがにじみ出ています。
この「消えないでよ」という願いは、志村自身が抱いていた日常への愛着や、変わりゆく時間の流れへの抗いを象徴しています。
特に最後の「駆け出した自転車は いつまでも追いつけないよ」という歌詞には、追いかけても届かない何か、すでに手の届かない過去への追憶が重ねられており、それがこの曲全体のテーマをまとめ上げています。
音楽的特徴とオープンDチューニングの効果
「ペダル」の音楽的な特徴として挙げられるのが、オープンDチューニングの使用です。
この独特な調律により、ギターの響きは通常のチューニングでは生まれない深い音色を生み出し、曲全体に民族音楽的な雰囲気をもたらしています。
特にイントロのフレーズや間奏部分では、このチューニングの効果が存分に発揮されており、楽曲にミステリアスな印象を与えています。
また、志村が意識したとされる楽曲のテンポは、彼自身の歩く速さと一致していると言われています。
この設定は、聴く人に曲の中を一緒に歩いているような感覚をもたらします。
さらに、楽曲の途中で挿入されるギターソロやメロトロンのフルートの音色は、幻想的なムードを醸し出し、現実の風景が徐々に夢の中の景色へと変わっていくような感覚を与えてくれます。
「ペダル」に響く“記憶”と“追憶”のテーマ
「ペダル」における最大のテーマは“記憶”と“追憶”です。
歌詞に描かれる日常的な風景や「いつか語ってくれた話の続き」のような断片的な記憶は、過去への憧憬やノスタルジアを呼び起こします。
これらの要素は、単なる懐古ではなく、現在の中に息づく過去の断片を見出す試みでもあります。
特に、「駆け出した自転車」と「消えないでよ」というフレーズが象徴するのは、追いつけないもの、変わりゆく時間への惜別の念です。
聴き手は、この歌詞を通して自身の過去の思い出や取り戻せない瞬間を重ね合わせることができるでしょう。
「ペダル」は、記憶の中で生き続ける風景や感情を切り取った、まさに“人生のワンシーン”のような楽曲です。