「ワダツミの木」は、元ちとせのデビューシングルとして知られており、当時新人アーティストとしては驚異的なロングヒットを記録しました。
この曲の歌詞は上田現が手がけましたが、彼は2008年に肺がんで亡くなっています。
以下では、「ワダツミの木」の歌詞に込められた感情や意味について考察していきます。
「ワダツミの木」の歌詞は非常に複雑で、インターネット上でもさまざまな憶測が広がっています。
一つの正解を導くことは難しく、曲自体が多様な解釈を許容するものと言えるでしょう。
しかし、一つ確かなことは、この歌詞が「特定の女性」が「特別なあなた」への深い愛情を表現した歌であるということです。
ここでは、個人的な視点から歌詞を解釈してみたいと思います。
赤く錆びた月の夜に
小さな船をうかべましょううすい透明な風は
二人を遠く遠くに流しました
歌の最初には、夜の月明かりの下で2人が船に乗り、新たな旅に出る情景が描かれています。
月の存在は、この場所が現実の世界であることを示唆しています。
船は2人を陸地から遠く離れた場所へと導きます。
歌詞では「うすい透明な風」と表現されていますが、風は目に見えるものではなく、無形です。
この風の描写は、未来へ向かう時間の流れを象徴していると解釈できます。
どこまでもまっすぐに進んで
同じ所をぐるぐる廻って
2人は進むはずの道を歩いていますが、どういうわけか同じ場所を延々と巡っているようです。
そうした出来事から、彼らが現実世界ではない異なる次元に迷い込んだ可能性も考えられます。
この船は、輪廻転生を象徴しており、2人の魂を次の人生へと運んでいるのかもしれません。
星もない暗闇で
さまよう二人がうたう歌波よ、もし、聞こえるなら
少し、今声をひそめて
2人は異なる世界に迷い込んだことが明示されています。
錆びついた赤い月が消え、星のない暗闇が広がります。
暗闇の中には灯りがなく、ただ波の音が響いています。
この静かな状況の中で、手掛かりを見つける可能性があります。
彼らは現実の世界に戻る方法を見つけるために、波に向かって「声をひそめて」という言葉を授けているかもしれません。
私の足が海の底を捉えて砂にふれたころ
長い髪は枝となってやがて大きな花をつけました
1番では、船に乗っていた「私」が2番では海の深みに身を置いている様子が描かれています。
特に、「足が海の底を捉えて」という部分に注目すべきです。
この表現は、「捕まえる」や「しっかりとつかむ」という意味を持ち、実際に「私」が自ら海の底に向かって進んでいることを示唆しています。
「ワダツミの木」というタイトルは、実際は「ワタツミ」といい、日本神話において海の神様とされています。
この神様は航海安全や水難除けの守護神とされています。
従って、「私」は「あなた」を助けるために自ら海の底に向かい、神であるワダツミの木と化したのだと考えられます。
足が根となり、髪の毛が枝となり、大きな花を咲かせることで、この深い愛と献身を象徴しているのです。
ここにいるよ、あなたが迷わぬように
ここにいるよ、あなたが探さぬよう
「ワダツミの木」となった「私」は、暗闇の中で「あなた」が道に迷わないように、大きな木として存在し続け、「ここ」にとどまります。
「あなた」はワダツミの木を目印にして現実世界に帰る方法を見つけ、その際に「私」と共に帰るつもりでしょう。
しかし、「あなた」は「私」が神に変わったことを知ることはありません。
神となった「私」と「あなた」の住む世界は異なるため、再び会うことは叶わないのです。
そのため、「私」は「あなた」が自分を見つけないように、海の底にとどまる道を選びます。
星に花は照らされて伸びゆく木は水の上
波よ、もし、聞こえるなら
少し、今声をひそめて
1番では「星のない暗闇」が描かれましたが、2番では星が登場し、それが現実世界への帰還を示唆しています。
ワダツミの木は成長を続け、水面に姿を現します。
「あなた」がワダツミの木に気付かなければ、それは道しるべとしての役割を果たせません。
そのため、「私」は波に「声をひそめて」と願うのです。
優しく揺れた水面に映る赤い花の島
波よ、もし、聞こえるなら
少し、今声をひそめて
最終のサビにおいて、「優しく揺れた水面」と「赤い花の島」が描かれます。
「水面」は別の世界の海ではなく、現実世界の海を指し、「花の島」は現実の世界を象徴していると考えられます。
船は「あなた」を乗せて元の世界に平穏に戻ることができました。
しかしその一方で、それは「あなた」と「私」の別れを意味しています。
そのため、「私」は波に対して、「声を潜めて、あなたに再会できる瞬間を許してほしい」という願いを込めています。
声を潜めることは、波に騒ぎを起こさせず、穏やかな状態を保ちたいという意味合いを持っています。
この曲を聴くと、日本神話のイザナギとイザナミの別れの瞬間を思い起こすことがあります。
彼らが現実世界と黄泉の国で別れを迎える場面に、この歌の情景が類似しているように感じます。
歴史を学んだ後で元ちとせの楽曲を聴くと、新たな解釈が浮かび上がってきます。
私自身は「ワダツミの木」を、特定の女性が愛する人を導くために美しい花に変わったというテーマの歌と解釈しています。
これはただの一つの見解に過ぎず、正解も不正解もないと信じています。
しかしながら、「私」が「あなた」を想う情熱に疑いはありません。
何度も曲を聴き、歌詞を読み解くことで、新たな発見や解釈が次第に浮かび上がってくることでしょう。
まとめ
今回は、私たちは「ワダツミの木」に秘められた感情に焦点を当ててみました。
この曲は既に20年以上もの時を経ていますが、その名曲の輝きは決して色あせることはありません。
歌詞から伝わる「あなた」への深い愛情と、元ちとせの圧倒的な歌唱力は、年月を超えて心に響きます。
今こそ、この楽曲を再び耳にしていただきたいと思います。