YOASOBIと『夜に駆ける』の誕生秘話
YOASOBI(ヨアソビ)は、ボカロPとしても活躍するAyaseと、シンガーソングライターとして活動するikura(幾田りら)がタッグを組んだユニットです。
そのコンセプトは「小説を音楽にする」というユニークなアプローチ。
彼らの楽曲は、物語と音楽が密接にリンクし、聴く人に深い物語体験を届けるものとなっています。
デビュー曲『夜に駆ける』は、小説投稿サイト「monogatary.com」で開催されたコンテスト「モノコン2019」で大賞を受賞した星野舞夜の小説『タナトスの誘惑』を原作としています。
この小説は、死神をテーマにした切なくもミステリアスな物語で、Ayaseがその内容に触発され、楽曲制作に挑みました。
楽曲が公開されたのは2019年11月。
公式YouTubeチャンネルに投稿されたミュージックビデオは、たちまちSNSや音楽配信プラットフォームで話題を呼び、YOASOBIの名前が一躍注目を集めるきっかけとなりました。
歌詞の深さと物語性、そして心地よいリズムが若い世代を中心に支持を得て、爆発的なヒットに繋がりました。
また、楽曲の成功には、彼らのクリエイティブなチームワークも欠かせません。
Ayaseの緻密なサウンドメイキングと、ikuraの透明感あふれるボーカルが融合し、原作の世界観を鮮やかに描き出しています。
この革新的なスタイルは、日本の音楽シーンに新風を吹き込み、YOASOBIを次世代アーティストとして位置づける原動力となりました。
『夜に駆ける』の成功は、単なるデビュー曲に留まらず、YOASOBIの活動全体を象徴する作品と言えるでしょう。
物語と音楽が交わることで生まれる新しい表現の可能性を示したこの曲は、彼らの原点であり、未来への第一歩となったのです。
歌詞に描かれた2人の物語
『夜に駆ける』の歌詞は、原作となった小説『タナトスの誘惑』のストーリーと深く結びついています。
この物語では、「死神」が象徴的な存在として登場し、主人公とヒロインの心の交流や葛藤が描かれています。
歌詞の中では、2人の出会いから関係の変化、そして結末に至るまでが、詩的な表現とメロディに乗せて語られています。
物語の始まりは、ヒロインが自ら命を絶とうとする場面です。
フェンス越しの出会いを経て、主人公は彼女を救おうと奮闘します。
しかし、彼女の目に映る「死神」の存在に象徴されるように、彼女の心は常に「死」へと引き寄せられています。
歌詞の冒頭に登場する「沈むように溶けてゆくように」というフレーズは、この不安定な関係と彼女の危うい精神状態を表現しているようです。
一方、主人公は彼女を救いたいという一心で、彼女との絆を深めようとします。
歌詞の中に繰り返される「君に触れる言葉どれも届かない」というフレーズには、彼女の心に触れられないもどかしさと焦燥感が滲み出ています。
主人公の強い愛情と彼女の持つ死への執着は、物語の核心として、リスナーに強い感情を呼び起こします。
物語が進むにつれて、主人公は彼女の「死」を止めることができない現実に直面します。
彼女が求めていたのは、「生きることへの救い」ではなく、共に死を迎えるという形の「理解」だったのです。
歌詞の最後に描かれる「夜に駆け出していく」というフレーズは、その瞬間を象徴的に表現しています。
2人は夜の闇の中で一体となり、彼女の望む「終わり」へと向かう選択をします。
この物語は一見すると暗く悲しい結末のように思えますが、深く考えると、彼女の孤独に寄り添い、最後まで理解しようとした主人公の姿が描かれています。
そのため、『夜に駆ける』は単なる悲劇ではなく、人間の複雑な感情やつながりを描いた作品として、多くのリスナーの心に響いています。
死神の存在とタイトルに込められた意味
『夜に駆ける』に登場する「死神」は、物語を読み解く上で欠かせない重要な象徴です。
原作となった小説『タナトスの誘惑』において、死神はヒロインの心象風景や精神状態を具体化した存在として描かれています。
彼女にとって死神は、救済と終焉をもたらす存在であり、同時に彼女を「死」へと誘う魅惑的な存在でもあります。
この二重性が、歌詞や物語全体に深い陰影を与えています。
歌詞における「君にしか見えない何か」とは、死神そのものを指していると考えられます。
ヒロインが死神を見つめる場面では、彼女が「死」に心惹かれていることが暗示されています。
その一方で、主人公は死神を通じて彼女の心の奥底に触れようとするものの、その理解は難しく、彼女との間に深い溝が存在することを思い知らされます。
この「死神」の存在が、主人公とヒロインの葛藤をより一層際立たせています。
タイトルの『夜に駆ける』というフレーズにも、深い象徴的な意味が込められています。
夜は一般的に静寂や闇を象徴しますが、この曲の中では、夜は彼女と主人公が「死」という未知の領域へと向かう時間と空間を象徴しています。
また、「駆ける」という動詞には、ただ歩くのではなく、一緒にどこかへ向かおうとする切迫感や決意が感じられます。
この言葉選びは、歌詞全体の緊張感を高める役割を果たしています。
最終的に、主人公とヒロインが「夜に駆け出していく」という結末は、死神に導かれる形で「終わり」へと進む決断を暗示していますが、単純な悲劇としてではなく、2人がその過程で何を感じ、どのように理解し合ったかを問うものです。
彼らが共有した「夜」という空間は、死を超えた次元でのつながりや、互いを受け入れる最後の場として描かれています。
『夜に駆ける』は、死神を象徴として用いながら、生と死、理解と孤独、希望と絶望の間に揺れる2人の関係性を巧みに描いています。
このタイトルには、その全てが内包されており、楽曲の持つ奥深いテーマを一言で表現する力があります。
明るいメロディに隠されたダークなテーマ
『夜に駆ける』は、その軽快で明るいメロディが特徴ですが、歌詞が描くテーマは非常にダークで重厚です。
このコントラストが楽曲の大きな魅力となり、多くのリスナーの心を掴んでいます。
楽曲のメロディは、アップテンポで躍動感があり、一見すると希望や高揚感を感じさせます。
しかし、その中で語られる物語は「死」や「孤独」、そして「救済」を巡る深いテーマに触れており、リスナーに強い衝撃を与えます。
このような「明るさ」と「暗さ」の対比が、『夜に駆ける』の独自性を生み出しています。
例えば、「沈むように溶けてゆくように」というフレーズは、静けさの中で消えていく感覚を表現しており、曲全体の明るいトーンとは対照的です。
メロディがリズミカルで前向きな印象を与える一方で、歌詞は内面的な苦しみや絶望感を描写しています。
このギャップは、聴き手に深い印象を残し、何度も繰り返し聴きたくなる中毒性を生んでいます。
この対照的なアプローチは、YOASOBIの作曲を手掛けるAyaseのセンスが際立つ部分です。
彼はインタビューで「明るいメロディに暗いテーマを乗せることで、より一層そのメッセージが響く」と語っています。
この手法は、『夜に駆ける』において、特に効果的に機能しています。
また、この楽曲の明るいサウンドは、リスナーに楽観的な気持ちを抱かせる一方で、歌詞の持つ深い意味に気づいたときに衝撃を与える仕掛けにもなっています。
軽快なリズムに乗せて、暗いテーマを描くことで、楽曲のメッセージ性を一層際立たせています。
『夜に駆ける』は、リスナーに単なる楽しさだけではなく、「表面的な明るさの裏に隠された真実」を見つめさせるような力を持つ楽曲です。
この二面性は、楽曲の芸術性を高め、YOASOBIというアーティストが描く世界観を鮮明に伝えています。
英語版『Into The Night』と世界への広がり
2021年7月に公開された『Into The Night』は、YOASOBIの代表曲『夜に駆ける』の英語版としてリリースされました。
この楽曲は、日本国内での成功を超えて、世界中のリスナーに『夜に駆ける』の魅力を届けるための一歩として制作されました。
YOASOBIは英語版のリリースに際して、原曲の持つ物語性を損なうことなく、英語のリスナーにもその深いテーマが伝わるよう細部にまでこだわりました。
『Into The Night』では、原曲の持つ詩的な美しさや物語の奥深さを、英語歌詞で見事に再現しています。
英訳された歌詞は、原作となった『タナトスの誘惑』のテーマを忠実に描きつつ、英語圏のリスナーにとっても自然に響くよう緻密に作り上げられています。
この取り組みは、YOASOBIが持つ「物語を音楽にする」というコンセプトを、グローバルに展開する重要な一歩となりました。
また、英語版では、元の歌詞の内容をそのまま翻訳するのではなく、英語特有のリズムや韻を意識してアレンジが施されています。
この工夫により、原曲を知る日本語話者にとっても新しい発見があり、英語圏のリスナーには『夜に駆ける』の物語を初めて体験するきっかけを与えています。
たとえば、「沈むように溶けてゆくように」という印象的なフレーズは、英語版でも詩的な表現を用いてその感覚が忠実に再現されています。
さらに、英語版の公開後、『Into The Night』はSNSやストリーミングプラットフォームを通じて急速に拡散され、YOASOBIの存在を国際的に広める重要な役割を果たしました。
英語版のミュージックビデオも、原曲の世界観を引き継ぎつつ新たな視点を加え、視覚的にも楽しめる内容となっています。
『Into The Night』のリリースは、日本の音楽が言語の壁を越えて多くの人々に愛される可能性を示しました。
この挑戦は、YOASOBIが次世代のグローバルアーティストとしての地位を築くための大きな一歩であり、日本の音楽シーンにおける新たな扉を開くものとなりました。